◎ 嘘吐き ◎
周りは全く人気が無い。暗闇の中で、虫の声が聞こえる。
右手には小さな住宅街。夜の闇の中で、街灯が灯っている。
満点の星空を写したように不思議なくらいきらきらしていた。
左手にはさっき通って来た道。
話があるからと、携帯で彼を呼び出して二人で歩いてきた道だ。
彼が先頭に立って、私が後ろから付いていく。いつもそうしてきた。
がっしりとした背中。赤味が強い髪の毛。いつもの彼の服が風に靡いていた。
住宅街から離れた夜の公園に着いてから、彼は私に目を合わす事無く空を見上げている。
見慣れた横顔。何を考えているかわからなかった。
疲れてしまった、たったそれだけの事だ。
一言だけ、言ってしまえば良い。
「ねえ。」
ゆっくりと何も言わずに此方を向く。
いつものように笑ったような顔で。嘘の笑顔で。いつもつく嘘のように。
「もう、疲れた。」
色々と考えていた言葉はその一言にすっと飲み込まれてしまった。
思ったよりもすんなりと出た言葉は、自分の胸を刺すように耳に残る。
自分で出した言葉なのに。
「そう。じゃあもう終わりかな?」
今更震えてきた身体を抑えつけて、頷く。
顔を上げて目を合わす勇気は無くて、じっと足元を見詰めた。
きゅぅっと喉が締まってくる。心臓の音が異様に大きく聞こえる。
現実味がないようにふわふわする身体から離れて、冷静に考えている自分が居た。
取り返しのつかない言葉だと、もうこれで本当に終わりだと。
視界に、彼のスニーカーの足先が見えた。
包まれるようにして抱きすくめられる。暖かい。
ふわふわした身体が、現実に引き戻されていくのを感じた。
「じゃあな。バイバイ。」
温もりが離れて、視界の中から彼の足先が消えてしまっても、顔を上げることはできなかった。
離れていく音がする。足音はまだ近い。
「ありがとう。」
途端に、バッと顔を上げる。
始めて見た、困ったような表情で、綺麗に笑っていた。
声は出なかった。言いたい一言が、いえない。
彼はくるりと後ろを向いて、ひらひらと手を振って。
二人できた道を、彼は一人で、帰っていった。
涙が、零れた。
2007/05/19 執筆